池の水源は?

アンモニアのような有毒物質がたまります。

池の水源は?
沢水・湧き水・川水
沢水・湧き水・川水などで、下記のような質問が多く当方に寄せられます。一見とても綺麗な水で錦鯉を飼っているのに・・・また、流れる水は腐らないというのに・・・なぜでしょうか。
☆池への質問1      涌き水20L/minで飼っているが、深さを1.2m位にして水量を増やし水温を安定させたい。 夏場の藻の発生を抑え、透明度を上げたい。
池への質問2      沢水が池へ流れるようになります。 浄化槽をいれないといけませんか。
池への質問3       濁っていること、かすかな湧き水があるのですが。
池への質問4       川の水を引いていて底打ちをしていないので鯉が見えにくい。
池への質問5        現在は沢水を掛け流し状態にしています。錦鯉を育ててみたいので、改造する必要があります。20年程前に、沢水で錦鯉を飼っていたことがありますが、酸欠で全滅しました。


☆掛け流しているのに・・・
多くの方は、豊富な水をオーバーフローでかけ流しているのではないでしょうか。
川や海でも表面の水が動いていれば、底の水間で全部同じように動いていると思いがちです。しかし、掛け流しの場合には、上水・底水・によって、大きな違いが有るのです。☆飲んでも良いほど純粋な水なのに・・・
清き水に魚住まずといって、川魚・海水魚などと違って、錦鯉にははっきり違った水作りが必要なのです。 まして、掛け流しの水では、一見透明な澄んだ水でも、錦鯉の健康や色彩を奪ってしまうことになります。

 

 

☆海水魚・熱帯魚・また同じ淡水魚でも、それぞれ住む環境と水は違う。
錦鯉の発祥の地は、今度大きな地震に襲われた山古志や十日市・川口町・小千谷・長岡など、コシヒカリというお米のおいしい土地の水田をつぶした土池で作られます。要するに、土質が違っているのです。水温などもさることながら、骨格のしっかりした、肌の美しい錦鯉の親鯉は、しっかりした土質の土池で生まれました。単なる、透明な水という考えでは、錦鯉を見ることはできても、育てることは出来ません。

 

 
 
井戸水
☆池への質問1       和風庭園の底がコンクリートの池で全体に浅く、40cm~30cmの深さなので水温が今年の夏で朝27度~昼間30度ぐらいまで上がります。今年の春に造園業者さんに70cmの深さの穴(井戸のような)を3箇所掘っていただいて池の補修をかねてしました。 備長炭を1.5m程ひいた所へポンプで上げて滝として水を落としています。また、バケツぐらいの水瓶に備長炭をいれてポンプで上げています。ウォータークリーナーもまわしています。水道の水も結構使っていますが水がきれいになっているのか心配しています。
池への質問2       深さが足りないためか鯉が大きくならない。水はきれいだが墨が抜ける。地下水のため、水が堅い。アルカリ。


井戸水の場合、本当に良い水に当ったという運の良い方もいますが、鉄分が多いとか成分的にかたよりがちで、水質が一定していません。また、井戸水は周囲の環境によって、変化しますので、常に気を付けなければなりません。まして、井戸を掘ることができない場合がほとんどです。
3 水道水
☆池への質問1       私の祖父が30数年前、池を作りました。が、すぐに冬の寒さでコンクリートが割れ水が漏ってしまいました、2度ほど補修したのに、うまくいかず父があきらめて土砂をいれてそれきりになっていました。今夏土砂を、全部出しました。いずれにしても補修をしなくてはいけませんが、水のきれいな池にしたいと思っています。 きれいなわき水がなくても、本当にいい水ができるのでしょうか。
池への質問2       夏はほとんど緑色です。冬は寒くて表面が2Cm位凍ってしまいます。


このように考えれば、水道水のほうが、安心して十分に錦鯉を飼うことが出来ます。もちろん、何度も述べているように錦鯉のための水作り、池作りをしてあげることが第一条件です。そのポイントについて簡単に下記の論壇で示唆しておきます。 たとえば、水族館の飼育水槽の中に、往々にしてクセのある水槽があり、ここでは水底に住む生き物たちの健康がすぐれず、徐徐に弱り、死亡率が高いそうです。この原因はディスプレーのための岩組みや窪みなどによって、水槽内の下層水が部分的に停滞しているためであり、このよどんでいる水は、時間がたつにつれて、溶存酸素量が欠乏していき、アンモニアのような有毒物質がたまって、生存不能の環境になってしまうからです。
このような水槽でも、隅々まで新鮮な水が、流れるように改良さえすれば、薬を使う必要はなくいきものたちは元気で過ごすことが出来ます。大量の水が給排水されている水槽では、このことに注意していてもまさかと思って見逃してしまい、死亡原因は何であろうかと、頭を悩ますことが、珍しくないのです。

錦鯉系統&交配図

交配図(紅白~大正三色)

toukei

交配図(紅白~大正三色)

toukei3

 

 交配図(黄写~昭和三色) 

toukei2

 

 交配図(秋翠~黄金)

toukei3

池作りのポイント NO1

池の深さは?
 

発想の転換その1

池の深さは?
  池の深さは、次の三種に分けられると思います。

水深30センチから70センチ以下
 従来は、30センチから50センチぐらいの深さの、一般的な和風池が、圧倒的に多いのです。
 ところで、錦鯉からみると、別にこの深さでなければいけないという理由はありません。
 これは、人が落ちたら危険だからとか、掃除がし易いという理由であって、錦鯉を飼うための深さではなく、そればかりか、この深さでは錦鯉を大きくすることは出来ませんし、水温が変わりやすく地熱を利用して水温を保つことも出来ません。あまり浅い池では、アオコの発生も早くなります。
 まして、たえず池水を抜いて、池掃除をしたのでは、綺麗な色彩の良い錦鯉を育てることも出来ません。
 又、錦鯉は良く見えますが、怯えやすく、猫や鳥などの外敵にも襲われやすいはずです。
水深180センチ以上
 反対に200センチ以上にする方も稀にいます。少しでも沢山の錦鯉を飼いたいし、大きくしたいと思うからでしょうか。しかし、これでは、品評会や子採りのために錦鯉を網で救い上げることも、うっかり池に落としたものを掬い取ることも出来ません。
 このためにわざわざ、池水を抜いて、はしごを掛けて池底に降りたりしているようです。
頻繁に新水を入れ替えると、池水の生理を壊してしまうことになり、錦鯉の色も揚がりませんし、透明に見えてもかえって病気にかかりやすい池水になってしまいます。
 まして、底に潜ってしまった錦鯉はとても見えにくくなり、人懐こい錦鯉を馴らすことも出来ません。
水深130センチから150センチ
 理想的な池水の深さはせいぜいこのぐらいが理想的です。網の柄の長さもこのぐらいだとちょうど使いやすいものです。錦鯉もすくいやすいし、落ちた物や、ごみも取りやすいです。
水温も変わりにくいどころか、1~2度は池水の方が温かいはずです。
 何よりも、錦鯉が一番見やすく、外敵にも心配なく馴らすことが出来ます。
70センチ以上深いと、池底が見えないのではないかと思う人もいるでしょうけれど、浄化能力のしっかりした池では底まで、しっかりと見えます。

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

錦鯉の入荷

新潟より、錦鯉が入荷致しました。 三毛です。2歳です。

こんにちは。豊中市にあります新高滝観魚園です。
台風は、温帯低気圧に変わり去ったようですね。しかし、この6月に台風とは、ビックリしました。
9月に台風でしたら当たり前ですが、6月ですかね・・・異常気象なんですかね・・・
有り難い事に被害は無かったですが突風で、展示のプラスチックの池が、まるで木の葉のようにアっという間に落ちました。アァ怖かった・・・
新潟より、錦鯉が入荷致しました。 三毛です。2歳です。
とても元気に泳いでいます。是非とも お立ち寄り下さい。
木曜定休日で御座います。AM10~PM6時まで営業致しております。

白写りの入荷

きれいな個体が、入荷いたしまた。

きれいな個体が、入荷いたしまた。
1番 きれいな個体より お送り致します。
白写り 1匹(代引き送料含む)(本州以外は、送料UP お問い合わせ下さい。)
Aランク¥9990-
Bランク¥6300-
img class=”alignleft size-full wp-image-726″ title=”001″ src=”https://takataki.jp/wp/wp-content/uploads/2011/02/001.jpg” alt=”001″ width=”595″ height=”339″ />

nisikigi

            全日本錦鯉振興会会員

 

 

004

 

錦鯉の新しい飼いかた

IMG_0005   

 

 

90cmの水槽にての飼育例

koisetumei3

koisetumei2 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都会の池

 

koisetumei4koisetumei5

錦鯉の誕生とその背景

我が国における鯉養殖の文献は希有である。 

錦鯉の誕生とその背景


  我が国における鯉養殖の文献は希有であり、最も古くは日本書記(720年)の中に、景行天皇の4年(94年)に天皇が美濃国詠宮(くくりやのみや)の池で鯉の泳ぐ姿を観賞されたと記されており、推古天皇(620年)も大和飛鳥川のほとりにある蘇我馬子の庭園で泳ぐ鯉をご覧になられたというくだりの文があるだけと伝えられている。
 江戸時代になるまでが、全くの空白で文献というものはみつからないが、本草和名(1796年)に赤、青、黒、白鯉と記されており、これは緋鯉、浅黄、真鯉、色無地鯉のことで、これらは真鯉の中から突然異変として出現したものであって、後の世に錦鯉を誕生させる鍵となる。

1.地理的条件

  陸路がまだ整備されていない時代には、多量の荷物を運搬する手段として川舟が利用され、大きな役割を担っていた。新潟県南部を流れる魚野川でも川舟で日常の生活物資が運ばれており、地場産品の交流も含めてこの地域で捕獲された魚類もこの水路を利用して広域に流通したものと考えられる。
流域の市町村のある歴史資料館には、昔の漁具や農機具等が保存されており川舟が魚野川を往来した当時を窺がい知ることができる。冬期間は雪のため川舟を利用できない事から降雪前の11月頃から冬を迎えるための越冬物資を運搬する季節魚である鮭の捕獲舟と川面は大変な混雑であったと伝えらている。このような交通条件の中で川でとれた魚類も活魚としてまた、加工食品として他の地域へ売られていった。
  錦鯉発祥の地、山古志郷は、古志郡と北魚沼郡の接する最も雪深い山間地であり、雪の多い年では積雪深さは5mを超え、一夜にして1mの降雪はしばしばである。雪の降り続く1月には隣接集落との交通も途絶え、昔は陸の孤島となることが多かったという。
  このような、気象条件に住む人達にとって食用鯉は貴重な蛋白源であり、夏は農業用の溜池で育て孵化した稚魚は水田養魚によって育成し種苗を確保していた。いわゆる棚田養殖による育成方法であり、古来からこの方法が引き継がれ、昭和45年頃からの米の生産調整政策で水田に米を作らず養殖池として転用され、錦鯉が米に変わる時までこの水田養鯉は続いてゆくと考えられる。魚種の豊富な魚野川は源流を群馬県境の谷川岳に発し、その水質は透視度の高いb硬質であり、この事からも清流として知られているが川から捕獲された鯉は流域に点在する沼で養殖され、手頃な大きさに成長すると降雪前に食用として売買された。食用の全てが真鯉であり、真鯉には3種類の内種があるがこの地方では浅黄真鯉が多く、次に鉄真鯉で泥真鯉はほとんど姿を見ない。この内真鯉との深さは錦鯉の品種にもよるが浅黄真鯉からの進化が最も古く、突然異変によって江戸時代の後半期に青い鯉が産まれ、これが浅黄と呼ぶ錦鯉の原種であった。魚野川の支流にあたる十二平川を経て、また陸路を山古志郷まで運ばれた鉄真鯉から緋鯉との間において、後に紅白種誕生の鍵を握ることとなる。
  魚野の語源はアイヌ語で五百沼、これは沼の多いところという意味であると伝えられているが、戦国の武将、新田義貞の時代にはイオヌマと変わり、明治に入って置県制が施行されてから、この地方は北魚沼、南魚沼、中魚沼郡として郡制が統括された。この地帯がかつて沼の多かった証は、今に名を残す和長島、青島、下島等ほかにも島のつく地名が多く沼地に点在しており、その周りに長い歴史の中から土砂が堆積して農地が造られ人々が定住して村落が形成されてきたものと考えられる。
  魚野川周辺の地層は砂利層が多く、山古志郡では粒質土の耕地が多いことから魚沼から持ち込まれた浅黄が、その地質、水質の中で色調を変えて生存する事は不完全保護色の因子を保有する魚類であり、これらが錦鯉の誕生に鍵として作用したものであると考えられる。

2.錦鯉の歴史

  魚沼地方から山古志郷へ持ち込まれた浅黄は、この地方にとっては全くの珍種であり、経済力のある農家が挙って求めたとあるが、粘土質の軟水であるため色調は白色退化により、背に僅かに青味を残す程度の白無地に近い状態に変わったものがほとんどで、魚沼地方へ残ったものとは全く異なった浅黄に変身したという。このため、これらの浅黄は食用鯉と一緒に飼育される事となったが、実はここに錦鯉を産むための偶然が潜んでいた。山古志郷では古くから農業用溜池で鉄真鯉が食用として飼われており、近親交配の中から突然異変として緋鯉が産まれ、慶事の供え物として珍重されていたが、江戸時代の末期、文政の頃(1818~1829年)白色化した水浅黄と緋鯉のなかから白い肌に紅い鱗の並ぶ「鹿の子」が出現し、これらをもとに明治に入ってから背に赤斑の浮かぶ更紗と呼ばれる紅白種の祖先を産むこととなるが天保年間(1830~1843年)には頭半分が紅い「頭巾かぶり」とか口の周りだけが紅い「口紅」が出現している。
  明治7~8年(1874~1875年)紅白種の素地らしい薄紅の型取りをしたものが現れ、地域に分散した。明治も半ばの22年(1899年)古志郡東山村が蘭木(現小千谷市)広井国蔵氏により紅白が固定され、その系統が分布し地域一帯で改良が重ねられ現在の紅白が完成した。紅白を片親として、赤黒斑の別甲が交配され大正6年(1917年)に大正三色が誕生し、また紅白の近親交配のなかから紅い鱗を藍色に縁取りされた藍衣と黒い縁取りの黒衣等が産まれ、品種を多様にしてきた。

 

  錦鯉の品種改良途上にあって、最も速度を速めたのがドイツ鯉の出現である。明治37年(1904年)ドイツのミュンヘン魚病研究所長ブルノー.ホーフアー博士から我が国の水産講習所長・松原新之助へ40尾アイシュグルデン種が寄贈され、主に長野県での食用鯉の改良に供養され大きな成果を収めているが、このうちの2尾を東京都深川の秋山吉五郎氏が浅黄と交配して明治39年(1906年)新種であるドイツ浅黄の作出に成功しこれが秋翠であり、秋翠と紅白と大正三色とを交配することで幾世代もかけて鏡鱗の紅白(ドイツ紅白)や同大正三色(ドイツ三色)が作出された。ドイツ特有の鏡鱗(半月型)は強い遺伝力を持って全ての品種に確実にその形質を伝えており、鏡鱗または無鱗の革鯉と呼ばれるもの和鯉と中間型の鱗列の乱れた鎧鯉と呼ぶものなど、これらの三通り形であるが、何れも和鱗の体形と対照的で初期育成で体高や幅の面で優位を保ち続け、飼料効率の高さなど種の特性を錦鯉の取り入れ品質の改良が図られてきた。その改良の成果を総括する形で全日本錦鯉振興会は錦鯉品評会に独立した出品部門を設けて、生産意識の高揚を図っているが新品種の作出を試みる上ではドイツ種、存在なしでは考えられない。
  戦後の錦鯉の歴史を語る上で黄金の作出、金銀鱗の固定を脇に置く事はできない。昭和22年(1947年)新潟県古志郡竹沢村(現長岡市)青木沢太氏によって胸鰭を金箔の舞扇のように輝かせる黄金鯉が作出された。全身が小判色の金色の鯉出現は山古志郷の生産者を驚愕させたものだが以来50年の間に急速に改良が進み、この黄金の血液を受けて改良固定された品種は26種に及び、原種作出の功績は錦鯉の歴史に刻まれよう。また、金銀鱗の固定によって一層華麗にそして雅に錦鯉を変身させた記録にも錦鯉の歴史に刻まなければならない。昭和40年代、広島県の上寺氏等によって、従来の銀鱗には見られない頚から尾の付け根まで鱗を金色や銀となって輝く新種が固定された。多くの生産者銀鱗を品種の改良に取り入れ、錦鯉の基幹品種である紅白や大正三色、昭和三色に乗せ、次に黄金系の光リ無地に銀鱗を乗せて品位の高いものへと改良の速度を加算してきた。錦鯉の品種改良は品種の固定、ドイツ鯉の導入、黄金鯉の作出と金銀鱗の固定、これらの応用による新品種の作出にあり錦鯉の歴史とは品種改良と作出の歴史にほかならない。
  品種とは生物学的には、光り無地系のように一腹から産まれる全てが同じ形質を有するものとするが錦鯉の場合の品種区分とは遺伝的に表現する形質の呼び名であって固定度によって命名されたものでない事を念頭においていただきたい。
  現在、錦鯉の品種は82種に及び、生産者は古典的な雅を求めまた、鮮烈な美の表現を追って日夜の努力を重ねており全日本錦鯉振興会では現在海外会員16カ国役70余名の専門業者を有し、日本の国魚として40ヶ国に輸出されているが平和の使者として全世界に普及し観る人々の心を結び、笑顔で再会を喜び合うことを願っている。

3.錦鯉品評会とその意識

  錦鯉品評会は生産者が作出の成果を発表する場として開催されたもので、最も古くは大正元年(1912年)新潟県古志郡東山村木沢(現北魚沼郡川口町)の小学校で開催されたとあり、これが錦鯉を出品した最初の品評会であると伝えられている。大正3年(1914年)東京都上野で開催された大正博覧会に山古志郷の各村より錦鯉が出品され全国的に紹介された。この博覧会を期に各村単位で養殖組合が組織され東村山、竹沢村、太田村を持ち回りで年1回品評会が開催されていた。このほか、各村毎に集落単位で農作物の採りいれが終わった頃に小規模の品評会が開催されてきたと伝えられている。
  この時代以降、町村や行政区域を問わず誰もが品評会に自由に出品できることから錦鯉が新潟県広域に普及したものと思われる。錦鯉品評会は戦中こそ開催されなかったが戦後の復興と併せて各地で開催されるようになり、新潟県の錦鯉品評会は昭和37年(1962年)第1回が開催されるが連続開催で最も多い長岡市の錦鯉品評会は平成18年(2006年)で第53回大会を開催する。
  錦鯉品評会で連続回数の多い順としては長岡市、山古志村(現長岡市)、川口町で新潟県品評会が45回、広島県42回と県段階で開催されるのが主に生産者だけの参加によるもので、お互いの作出成果を紹介し合い作出、飼育技術の交流を図り、研究されたことが錦鯉の品種改良を図り、品質を高めて今日に至っている。またこの他にも愛好者も出品に加わる全日本総合錦鯉品評会や愛好者の組織する全日本愛鱗会大会(外国会員の出品数も多し)全日本鱗友会の全国品評会も開催されており日本の国魚は世界に向けて、単に錦鯉というだけではなく用語が全て日本語であり、純粋に日本の文化として海外に紹介されている。海外でも頻繁に錦鯉品評会が開催されるようになり日本から輸出された鯉に開催国で生産された鯉に開催国で生産されたものが加わりイベントして高い評価えを得ている。


2-1.錦鯉主要品種別作出年表

  

  

品 種 作出年 作出地 作出者 備 考
紅 白 明治22年(1890年) 小千谷市 広井国蔵     
秋 翠 明治39年(1906年) 東京都深川 秋山吉五郎 ドイツ×浅黄
大正三色 大正6年(1917年) 山古志村 星野栄三郎 紅白×別甲
黄写り 大正9年(1920年) 山古志村 佐藤与兵衛 黄別甲×真鯉
黄写り 大正9年(1920年) 山古志村 星野栄三郎 黄写り×黄写(固定)
白写り 大正13年(1925年) 山古志村 峰村一夫 黄写三色×♀白別甲(川上寅吉)
昭和三色 昭和2年(1927年) 山古志村 星野重吉 黄写×松川バケ
昭和三色 昭和2年(1927年) 小千谷市 星野喜七郎 昭和×白写(固定)
黄 鯉 昭和5年(1930年) 山古志村 松井佳一 S11年現在の錦鯉を花鯉と名称した。
金 兜 昭和17年(1924年) 山古志村 高野伊勢松 金棒×富士銀
黄 金 昭和22年(1947年) 山古志村 青木沢太 金兜×金富士
オレンヂ黄金 昭和56年(1956年) 小千谷市 片岡正脩 浅黄×黄金(1963年固定)
ドイツ黄金 昭和33年(1958年) 山古志村 酒井富栄 黒ドイツ×黄金
金黄写り 昭和33年(1958年) 山古志村 高橋藤蔵 黄金×黄写り
張分黄金 昭和35年(1960年) 山古志村 酒井富策 黄金より
松葉黄金 昭和35年(1960) 小千谷市 間野栄三郎       
孔雀黄金 昭和35年(1960年) 小千谷市 平沢利雄 松葉張分×秋翠
プラチナ黄金 昭和38年(1963年) 富山県魚津市 吉岡忠夫 赤目黄鯉×ネズ黄金
越の緋色(みどり鯉) 昭和38年(1963年) 富山県魚津市 吉岡忠夫 秋翠×山吹黄金
紅光輝 平成2年(1990年) 小千谷市 鈴木富栄 ドイツ五色×ドイツ孔雀
金輝竜 平成2年(1990年) 山古志村 渡辺一冶 ドイツ金竜×ドイツ金昭和・金竜=九紋竜×銀松葉
輝黒竜 平成4年(1992年) 小千谷市 青木春雄 九紋竜×菊水
紅輝黒竜 平成4年(1992年) 小千谷市 青木春雄 九紋竜×菊水
銀 河 平成10年(1998年) 小千谷市 片岡哲太郎 銀鱗羽白×五色×元黒孔雀
       

池作りのポイント パートⅣ

池の装飾は?


 

水草・水路  
  ほてい草などの水草を浮かべたり、水路に植物を植えている池を
よく見かけます。
植物がアンモニアを吸収してくれるからという考えらしいのです。
しかし、水草は繁殖力が強く、あっという間に増えて
錦鯉に必要な栄養まで奪ってしまいますので、
あまり好ましいとはいえません。

 

 

滝・滝つぼ・噴水  
  夏場に滝や噴水などは、涼しさを呼んで良いものです。
そのために、滝の築山の頂上に濾過槽をつくり、
池からポンプでくみ上げて、水は低きに流れるとばかり、
落としている池を見たことがあります。
しかし、錦鯉の池では、鯉の水作りが必要なのです。
冬場に滝は必要が無いのですから
滝と濾過槽は分けて考えれば、ポンプの出力もおさえられ
電力の無駄も防げます。

また濾過槽をそんな上に持っていくと長い距離の排管が必要になり、
掃除などをする場合にも大変です。

 
植木  
  池のほとりに飾る植木については当然のことながら、
柿や桜などの落葉樹は避けましょう。
池の上に落ちた葉は、水の浄化の妨げになり分解も遅く、
小まめに取って上げることが必要になります。
美しい常緑樹で飾るか、植木鉢で演出しましょう。

 
石組み・置石  
  和風池には石組みが大切ですが、水漏れの原因は
この石のつなぎ目からが、もっとも多いので十分に気をつけましょう。
また、石は配管やエアレーションを考えて配置することが大切です。
一度配置すると、アレンジがしにくい不便がありますので

錦鯉池の場合は、あくまでも池淵の装飾的に考えて
配置したほうが、後々良いと思います。
池の中の置石など、よく錦鯉の隠れ場として考えるようですが、
産卵などの場合(普通は別のところで産卵させる)以外は、
隠れ家ではなくて、錦鯉を怯えさせないようにすることが大切です。

 
照明・屋根  
  池にある程度の深さと、大きさがあり、
浄化槽がしっかりしていれば地域にもよりますが
雨よけ屋根や日よけも心配するほど錦鯉に影響有りません。
むしろ、ある程度の日光も池の生理には必要です。
しかし、室内に池を作る場合には、風通しをよくしましょう。
(ヒント・池水は蒸発しますし、水温のバランスをとることも必要になります。)
寒冷地などでは、池が凍らないように工夫したり、
雪を避けて池囲いで囲ったりします。
新潟などでは、外池のほかに、越冬池を作ります。
     
  ガラス張り  
  家の中から見えるようにしたり、
家からすぐ手の届くところに池を作ったりするのも
錦鯉の生態を観察するには、ベストですが、落ちない工夫が大切です。
     
 
庭園風  
     
和洋折衷のモダンな池ですが、車止めが必要です。
純和風の池ですが、深さが必要です。
水草・水路  
  ほてい草などの水草を浮かべたり、水路に植物を植えている池を
よく見かけます。
植物がアンモニアを吸収してくれるからという考えらしいのです。
しかし、水草は繁殖力が強く、あっという間に増えて
錦鯉に必要な栄養まで奪ってしまいますので、
あまり好ましいとはいえません。

 

 

滝・滝つぼ・噴水  
  夏場に滝や噴水などは、涼しさを呼んで良いものです。
そのために、滝の築山の頂上に濾過槽をつくり、
池からポンプでくみ上げて、水は低きに流れるとばかり、
落としている池を見たことがあります。
しかし、錦鯉の池では、鯉の水作りが必要なのです。
冬場に滝は必要が無いのですから
滝と濾過槽は分けて考えれば、ポンプの出力もおさえられ
電力の無駄も防げます。

また濾過槽をそんな上に持っていくと長い距離の排管が必要になり、
掃除などをする場合にも大変です。

 
植木  
  池のほとりに飾る植木については当然のことながら、
柿や桜などの落葉樹は避けましょう。
池の上に落ちた葉は、水の浄化の妨げになり分解も遅く、
小まめに取って上げることが必要になります。
美しい常緑樹で飾るか、植木鉢で演出しましょう。

 
石組み・置石  
  和風池には石組みが大切ですが、水漏れの原因は
この石のつなぎ目からが、もっとも多いので十分に気をつけましょう。
また、石は配管やエアレーションを考えて配置することが大切です。
一度配置すると、アレンジがしにくい不便がありますので

錦鯉池の場合は、あくまでも池淵の装飾的に考えて
配置したほうが、後々良いと思います。
池の中の置石など、よく錦鯉の隠れ場として考えるようですが、
産卵などの場合(普通は別のところで産卵させる)以外は、
隠れ家ではなくて、錦鯉を怯えさせないようにすることが大切です。

 
照明・屋根  
  池にある程度の深さと、大きさがあり、
浄化槽がしっかりしていれば地域にもよりますが
雨よけ屋根や日よけも心配するほど錦鯉に影響有りません。
むしろ、ある程度の日光も池の生理には必要です。
しかし、室内に池を作る場合には、風通しをよくしましょう。
(ヒント・池水は蒸発しますし、水温のバランスをとることも必要になります。)
寒冷地などでは、池が凍らないように工夫したり、
雪を避けて池囲いで囲ったりします。
新潟などでは、外池のほかに、越冬池を作ります。
     
  ガラス張り  
  家の中から見えるようにしたり、
家からすぐ手の届くところに池を作ったりするのも
錦鯉の生態を観察するには、ベストですが、落ちない工夫が大切です。
     
 
庭園風  
     
和洋折衷のモダンな池ですが、車止めが必要です。
純和風の池ですが、深さが必要です。

池の装飾は?

池の装飾には和風・洋風色々な楽しみ方があると思いますが、
あくまでも錦鯉を飼うためであることを基本にすべきです。

池作りのポイント パートⅢ

池の高さは?

 

 池の高さは?

地面に対する池の高さ・位置には下記のように3種類有ります。

    ・日本庭園風など一般的に地面から深く掘り下げる。


地面の下に余裕がある場合は、地面から掘り下げます。ただし、和風の場合には石組みとの兼ね合わせで水漏れなどの注意が必要です。また、洋風の場合には、池に落ちないための工夫がいります。
 これは、余談ですが、高いところから見下ろす錦鯉は大きく、一番美しく見えるかも知れません。
 

 

 

 

 

・70センチほど地上に立ち上げて地面を掘る。 

 

 

 

 

 

地面から腰の高さほど(70cm位)に立ち上げます。池に落ちる心配が無く、体に無理なく、錦鯉と親しみ、錦鯉を美しく見ることが出来ます。
(池底をあまり深く掘ることが出来ない場合などにも、この方法が良いでしょう。)

・まったく、掘らずに地面に立ち上げる。

 

 

 

 

 

池を全く掘ることが出来ない場合には、地面から上に立ち上げます。土圧を利用していないので、水圧に耐える池作りが必要ですし、水温の変化にも注意が必要です。(FRP水槽など)錦鯉は見辛いので、必然的に浅くなり見るときに台など必要になります。あまりお勧めではありません。

※いづれの場合にも、浄化槽の高さとの関連を考えることがポイントです。